「遺言書を書いた」という友人がまわりに増えてきた。事実婚で、どちらかが亡くなった後のことが心配という人も入れば、親の相続で苦労した経験から子どもに面倒をかけたくないという人もいる。
「遺言書」は死後に遺産の分割方法や、相続人以外に故人の遺産を遺せる「遺贈」を指定するもので、民法で定められた方式に従って作成すれば法的効力を持つ。残された家族や友人へ気持ちや感謝を伝える「遺書」とは異なる。
資産がある人だけのものという印象があるが、相続トラブルの7割は相続財産5千万円以下で、1千万円以下も3割を占める。資産の大半が自宅というごく普通の勤め人ほど遺産分割が難しく、相続人が対立する「争族」を避けるためには、あらかじめ処分方法を決めておく必要がある。
71歳で他界した私の夫は、70歳の時に「公正証書遺言書」を作成した。資産を棚卸ししながら書き進めるうちに、人生で本当に大切なのは「お金をどうするか」ではなく「これからをどう楽しむか」だと気づいたという。
書き終えた後の表情は晴れやかで、どこか肩の力が抜けたように見えた。私とは再婚であったこともあり、「私の夫」として、前の結婚での「父」としての義務を果たしたと感じていたのかもしれない。
そして、受け取り年齢を繰り下げることによって増額した年金で生活は何とかなる、自分の持つお金は今を楽しむことに使い、90歳までに使いきろうと決め、実行していた。本気で楽しめる心のゆとりを生むきっかけになったのだと思う。
遺族になった私にも効用があった。「争族」どころか、大切なパートナーを亡くし、身も心も疲弊している時には、家族と相続について話をするのさえつらい。分割協議をせずに済んだことは本当にありがたかった。
法的効力のある遺言書とするには要件を満たす必要がある。私も専門家に相談しながら、自分の思いを形にしてみようと考えている。「その時のために」ではなく、「今をよりよく生きるために」ではなく、「今をよりよくいきるために」こそ、遺言書を書くべきである。 ー確定拠出年金アナリスト 大江加代氏ー
(参考 日経新聞 令和7年12月1日より)
遺言書、今を楽しむために
